第一巻では、主人公のイザベラ・バードが横浜に入港し、北海道(蝦夷)を目指して出発。途中、日光で宿屋の娘の、当時の成人式にあたる「髪上げ」に立ち会ったところで終わっていたのだが、今巻は、その日光から鬼怒川を北上して、会津道を進み「会津」までの旅が描かれる。
本書中にもあるのだが、当時、江戸から蝦夷へ北上する場合、蝦夷へ船で渡る地である「青森」を目指すのであれば太平洋側を行く「奥州街道」を行くのが一般的であったらしく、イザベラ・バードが旅したように、江戸ー日光ー新潟へ進み、さらに新潟から山形ー久保田ー青森へと進むルートは異例で、しかも、新潟に行くにしても、長岡藩などの大名の参勤交代や佐渡奉行などの幕府の役人の赴任につかわれ三国街道を通るのが普通であった。
その点で、イザベラの旅は異例中の異例のもので、その分、旅も困難であったとともに、エピソードも満載であったろうと想像される。
本書中でも、通訳の伊藤が道中の道陸神(村境に立てる厄除けの神様。男女で対らしい)を始めてみて驚くあたりは、その一つですかね。
【構成と注目ポイント】
構成は
第6話 日光③
第7話 二荒山温泉
第8話 会津道①
第9話 会津道②
となっているのだが、イザベラがこのルートを辿りたいと思ったのは「THE ASATIC SOCIETY OF JAPAN」に載っていたチャールズ・ダラスの「置賜地方の覚書と街道案内」論文を読んだから、ということなのだが、この「THE ASATIC SOCIETY OF JAPAN」というのは明治維新から5年後の1872年にイギリス人、アメリカ人の宣教師、外交官、実業家によって設立された団体、さらにチャールズ・ダラスは、もとは鉱物商で、米沢の学校で外人教師をした人らしい。
この論文に出ていたからということと、会津道を行くルートは西欧人が踏破していないから、という乱暴な理由で、このルートを選んだというのも、イザベラの勇気に驚くとともに、この、当時極東の僻地をヨーロッパに紹介する組織をつくっていた欧米人の組織力におそれいってしまうな。
イザベラの凄さはこういうシーンにも出ていますね。
さて、物語は日光から会津道を進んでいくのだが、本書中でも「会津道は山また山の過酷な悪路ですので」とあるように、道も険しく難所多い道である。ということは、道沿いの地域も貧しいことが多いということで、二荒山温泉を出てからは、今までの江戸、日光などの都会地とはかけ離れた「未開の地」である。
ただ、こういう環境に遭遇したときに、その人の「強さ」というのが発揮されるもので、宿泊した農家の息子の「咳」を治療したことで、彼女に近隣の村人が「腫れ物」や「眼病」の治療を頼むために大人数が押しかけてきた際に、
今からここで皮膚病などに効果のある塗り薬をつくります
と宣言し、自分の「薬」に関する知識を総動員して、その地域にある「獣の脂」や「硫黄」をつかって塗り薬を作って配るあたりは、なんともいえない爽快感がありますな。さらには、そのお礼に農家の息子から自分の大切なお守りを渡されるあたりは少々「お涙頂戴」のシーンであります。様々な因習や伝統から自由になるためになったという彼女の「旅行家冥利」につきますね。
【レビュアーから一言】
イザベラ・バードの旅は、明治初期の日本の姿をありのままに見せてくれる旅であるとともに、人が異文化に出会った時、どうそれに向き合っていくか、の旅でもある。移民問題や外国とのつきあいなど、国際的な問題でいろいろギクシャクしたことが絶えないこの国において、彼女が二荒山温泉の(混浴の)湯治場へ行ったその日の夜
この世界には
我々には想像もできないような”日常”があるということ
と記録した上で、「それを奇異な目で見ることなく、軽蔑することなく、まっすぐ見据えることができたなら、必ず何か得るものがあるということ」がこの国を旅する理由だ、というあたりは、何かの参考になるのかもしれんですね。
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