美濃・斎藤家の落ち武者から国持大名にまで出世したのに、自らの突出によって島津との戦に敗戦して改易。一家離散のどん底から再び国持大名まで出世。さらには徳川二代将軍のときには「秀忠付」に任命されるなど徳川幕府の重鎮となった「仙石久秀」のジェットコースター人生を描く「センゴク」シリーズの第4Seasonの第18巻。
北條攻めを始めた上方勢の徳川家康に陣借りし、集まった浪人衆とともに手柄を立てようと小田原城攻めの先手として攻めかかるのだが、北條勢の鉄壁の守りに阻まれ、さらには堀秀政の負傷による堀軍や大型船の撤退の後、殿軍を務めるセンゴクたちが必死の城に攻め入ろうと奮戦する姿が描かれるのが本巻。
【構成と注目ポイント】
構成は
Vol.145 大事なモン
Vol.146 突入作戦
Vol.147 大手へ進め
Vol.148 運命の門
Vol.149 早川の計
Vol.150 挽回の刻
Vol.151 猛者ども
Vol.152 鈴の音
Vol.153 猪武者再び
となっていて、まずは堀久秀が重傷を負ったため、豊臣勢の先手部隊が退却を決めるところからスタート。
しかし、センゴクと浪人衆の部隊は、
やい、北条兵ッ、聞こえるかぁっ
おんしらに何の恨みもねぇが、ワシらぁ戦るぞ
逃げるんなら、今のうちじゃあ
と、ここで他の部隊と一緒に退却していたのでは、手柄も立てられず、わざわざ東国へ来た意味がない、とばかりに殿軍として退却するのではなく、北条勢に攻めかかることを決意します。ここらは、守るもののない「強み」ですね。
ここで、センゴクの幸運は、守る北条勢の武将が過去に大きな失敗をした「笠原政晴」であることで、ここでセンゴクの攻めをかちっと受け止めてくれることがセンゴクの未来につながっていったような気がします。
笠原政晴の「失敗」というのは、戸倉城主であった時に武田方の沼津城主・曽根昌長の誘いにのって武田氏に内応して、同族の笠原照重を敗死させたものの、織田信長の甲州征伐により武田氏が滅亡した後は戸倉城を追われて露頭に迷うこととなったことを指していると思われます。ただ、政晴は今回の「小田原征伐」でも豊臣方に内応しようとして後北条方によって殺害されているので、後北条氏にとっては「獅子身中の蟲」といっていいでしょうね。
そして、センゴクの立てた戦略は、小田原城の正面の虎口(こぐち)とは別の入り口から出てくる北条方の奇襲部隊に紛れ込んで城内に入り込もうという「付け入り」の策です。この作戦では、センゴクが囮となり奇襲部隊を引きずり出すことと、その奇襲部隊を迎撃する味方の軍が大事になるのですが、これを慎重派の牢人衆の物頭・本間左近に託します。
本間が慎重すぎるのを非難する味方を制して、
ワシゃあ、本間殿の相貌を信じる
おんしらの隊は後方で奇襲部隊がでるか、見張っといてくれ
もし、出たらば迎撃してくれい
出んかったならば、戦わんでええ
と、本間を信頼して任せるセンゴクの度量が、後でよい結果を引き寄せるようです。
このあたり、高野山での修行の日々が活きてきているのでしょう。
しかし、守って守って、守りきった後に逆襲して、多くの強敵を退けてきた北条方の守りは固く、そう簡単にセンゴクの策が通用するものではありません。大手門を目指すセンゴク隊へは大筒による攻撃や、それをかいくぐって大手門へ向かう横っ腹を、第二の門(搦手門)から出現した旗本の部隊と鉄砲隊が襲撃。
そして、センゴクと牢人衆の部隊の救援に向かう本間の部隊を、第三の門から出撃した奇襲部隊が迎え撃つという鉄壁の構えです。
センゴクや牢人衆の頭の中には、過去の敗戦の記憶が蘇るのですが、ここでセンゴクの採った作戦は、彼らの敗北の経歴を逆に利用すること。大将自ら、陣羽織につけた鈴の音を響かせながら退却し、敵を釣り出しにかかります。
そして、救援に駆けつけた可児才蔵とともに、北条方の笠原勢の猛攻を迎え撃つのですが。・・・、ということで、これからのアクションシーンは原書の方でどうぞ。
【レビュアーから一言】
小田原城の虎口を攻めるセンゴクと牢人衆の部隊の戦闘の様子を聞いた秀吉は
仙石め、ここで「潔う死ぬ」覚悟か・・・
確かに牢人二百を失うたとて
豊臣家の鼎は揺るぐまい
寧ろ「忠臣の死」として士気もあがるというもの
といった感じで、冷酷な一面を見せます。
ここらには、信長の天下統一の進軍を、センゴクとともに駆けていた「藤吉郎」の姿はもうありませんね。このあたりに、これからセンゴクが秀吉を離れ、徳川方、特に秀忠に接近していく原因ともいえるのではないでしょうか。
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