隻腕のイケメン剣士・伊庭八郎、登場 = 岡田屋鉄蔵「無尽」1〜3

2021年7月17日土曜日

幕末

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 幕末に名を馳せた剣の達人たちというと、倒幕の浪士側でいうと土佐の岡田以蔵、肥後の川上玄斎、薩摩の田中新次郎、中村半次郎、佐幕側でいうと、新選組の土方歳三、沖田総司といったところが有名なのですが、それに負けない剣の腕をもち、幕府の遊撃隊の隊長として、上野戦争から北海道まで転戦し、幕府に殉じた隻腕の剣士「伊庭八郎」は外してはならない人物。

もともとは江戸の幕末の四大道場といわれた心形刀流の伊庭道場の宗家の生まれで「伊庭の小天狗」と呼ばれた彼の幕末の活躍を描いたのが『岡田屋鉄蔵「無尽」(少年画報社)』シリーズです。
今回は、彼の生い立ちから後の新選組局長・近藤勇や沖田総司との出会いと幕府講武所入所までを描いた第一巻から第三巻までをレビューしましょう。


あらすじと注目ポイント


第一巻 隻腕の剣士・伊庭八郎はひ弱な子供であった

シリーズ開始は、伊庭八郎が上野戦争に向かう新政府軍の江戸入を阻止するため、箱根で小田原藩兵と斬り合いとなり、足に被弾したところを、背後から鏡心一刀流の小田原藩士・高橋藤五郎に斬りつけられ左手を皮一枚残して切断される場面から始まります。


当時、「伊庭の小天狗」と異名をとり剣豪として有名だった八郎は、負傷しているところを後ろから襲わないと倒せなかったのでしょうが、八郎は片手で高橋の首を斬り飛ばした上に、群がる小田原藩兵をけちらしていく、という活躍を見せます。


小田原藩は、幕閣を輩出している大久保家の支配だったのですが、この藩は戊辰戦争の最初、維新政府に味方して箱根の関所を明け渡したのですが、後で伊庭八郎などの幕府軍が優勢になると幕府側に寝返り、さらに再び新政府側に寝返るといった変節的な行動を繰り返しているので、八郎としては許せないところも多かっただろうと思います。

で、物語のほうは、伊庭八郎の幼少期から正式なスタートをきります。普通、剣豪といわれる侍は幼少の頃から、運動神経もよく、その才能を発揮した、と言われるものなのですが、八郎は幼い頃は剣術よりも書物のほうが好きな、体も気も弱い人物で、この巻でも品川で船酔いをしてぶっ倒れている所を、後に子分格となる鳥八十の店主兼板前の「鎌吉」に助けられる場面が出てきます。

八郎は、この鎌吉に励まされたり、心形刀流の門人でもあり、漢学者としても有名で、八郎が兄のように慕う中根淑に後押しされたりして、父親の心形刀流の道場で剣の腕を磨き始めます。もともと才能自体は備わっていたのか、めきめきと剣の腕もあがり、それに加えてイケメンで、というところで、女性がほっておかないことになりますね。
ただ、当時は吉原といった遊郭や品川をはじめとした岡場所がばんばんに元気だったころなので、そのモテ方も、一般の女性から、というよりは、そういうところの玄人筋の女性たちからのものが多かったようなのですが、そのあたりの色模様は原書のほうでどうぞ。


第二巻 父の急死に、八郎はとまどう

江戸の四代道場といわれる「伊庭道場」で剣の本格的な修行を開始した八郎なのですが、ここで彼の父である心型刀流八代目宗家・伊庭秀業が、当時、大流行した「コロリ」にかかり、あっけなく病死してしまいます。


この「コロリ」は、突然激しい下痢と嘔吐を引き起こし、みるみる体が干上がって衰弱して死亡する病気で、当時効果的な治療法もなくかかってから3日内にほとんどの患者が死んでしまうとされた病で、一説によると、安政5年の1年間で江戸で3万人から5万人が死んだといわれています。江戸の人口は町人、武家あわせて100万人といわれていましたら、およそ1/20が死亡したことになりますね。
で、この「コロリ」は黒船が持ち込んだという噂が根強くあり、これが外国人に対するネガティブな印象をつくり、「攘夷」の流行に結びついたのでは、といった話もあります。官軍側に西日本の諸藩が多かったのは、薩摩・長州が官軍の中心だったということに加え、「コロリ」の被害をより多く受けたのが西日本だったから、という話もありますね。

ただまあ、このコロリで父親が急死したことにより、八代目の養子となっていた九代目伊庭秀俊が正式に心形刀流を引き継ぎ、伊庭道場を継承するのですが、九代目を軽んずる高弟たちに腹をたてた八郎が他家への養子を言い出したことをきっかけに、ひと月後、ある道場へ出向き試合をし、負けたら九代目の養子となり、伊庭家を継げ、と言い出したのが、近藤勇たち試衛館のメンバーとの出会いとなります。


第三巻 伊庭八郎、沖田総司と立ち会い。勝つのはどっち

九代目の伊庭秀俊がひと月後の試合を命じた道場というのが、近藤勇が師範代を務める試衛館道場で、この頃すでに山南、永倉はそれぞれ北辰一刀流や神道無念流を離れて試衛館に入門済だったのですが、ここで彼らの腕をはるかに凌駕する「沖田総司」と出会うこととなります。


「沖田総司」というと色白のイケメンといった感じで描かれることが多いのですが、今シリーズの場合、色白のイケメンは「伊庭八郎」のほうで、総司は色黒で、バカでかい男として描かれています。ただ、風貌の違いはあっても、他のマンガと同様、腕は立つが天真爛漫な「野生児」であるところは共通していますね。

この、大ボケな感じの沖田総司と初顔合わせもかねて立ち会うこととなるのですが、ボケ倒しているのは、立ち会う前まで。竹刀をかまえて対峙したところからは顔つきも一変し、彼の三段突きの前に、八郎は撃沈してしまいます。この強敵・沖田総司との三本勝負の本試合に備え、八郎はどんな修行をするのか、そして試合の様子・・といったところは本書のほうで。幕末を代表する伊庭八郎、沖田総司の大激突は迫力ありますよ。


そして、勝負の結果、九代目の養子となった八郎は、幕府の講武所へ入所するのですが、名門の子息の入所とあって、幕臣仲間の同輩たちは、あら捜しを始めるのですが、伊庭道場や試衛館での荒稽古で揉まれ続けている、八郎の敵ではないですね。ただ、ここの場面でも、旗本・御家人の幕臣としての身分にあぐらをかいて、緩みきっている侍の姿が描かれていて、いずれやってくる倒幕の嵐にこれでは耐えきれんよね、と思わせるところです。


レビュアーの一言

本シリーズの読みどころは、伊庭八郎たち幕末の剣士たちの立ち会いの場面のほかに、今はすでに失われてしまった「江戸趣味」が随所に散りばめられているところです。
今は禁止されている岡場所や吉原の「江戸文化」の駘蕩の雰囲気や、鎌吉が切り盛りする料理屋「鳥八十」での江戸前の料理の数々とか、時代劇ファンや歴史好きにはたまらないところが満載となってます。幕府側の物語はどうも好きになれなくてねー、という倒幕浪士派の皆さんや、軟弱な幕末の旗本たちはキライ、という新選組派も、この江戸趣味は十分楽しめると思います。



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