東条英機を説得し中国侵攻を停止できるか?=アルキメデスの大戦16〜17「中国侵攻篇」(ヤングマガジンコミックス)

2021年11月6日土曜日

アルキメデスの大戦

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 世界大戦へと進んでいく日本の運命を変えるため、その象徴となる「戦艦大和建造」の運命を変えようと、海軍に入り、内部から太平洋戦争をとめようとする天才数学者の姿を描いたシリーズ『三田紀房「アルキメデスの大戦』シリーズの第16弾から第17弾。


前巻で最先端の装備と武装を兼ね備えた「新・大和」の情報をアメリカ側にリークし、アメリカの開戦意欲を削ごうと動き始めた櫂中佐なのですが、それがまだ仕掛け途中の段階で、中国戦線が緊迫化してきます。中国戦線の拡大阻止とあわよくば停止を狙って、櫂が中国現地へと向かいます。


あらすじと注目ポイント


第16巻 上海へピンポイント爆撃を成功させ、全面戦争を回避せよ


第16巻の構成は


第149話 東條英機の過去

第150話 チャハル作戦

第151話 初動対応

第152話 大局観

第153話 決断力

第154話 上海爆撃

第155話 出発

第156話 爆撃目標

第157話 作戦の行方

第158話 日本への帰還


となっていて、本巻は関東軍参謀長に赴任した東条英機が、昭和12年7月に発生した盧溝橋事件を好機として、中国北部へ強引に出兵するところから始まります。


この時、物資輸送や兵站のことは後回しにした上に、作戦を司どる役割の参謀長自らが戦線の指揮をとる、という異例の行動です。


本書では、彼がこういう行動にでた根底には、学習院初等科に受験失敗や、陸軍大学校受験での2回の失敗といった父親の期待に応えることができなかった劣等感に苛まれ、陸大当時の卒業生、特に首席で卒業した永田中将への対抗意識があったと分析しています。


さらに、ここで上海で海軍の陸戦隊の将兵は中国軍から銃撃された、という事件がおきます。上海における日本海軍の陣容は手薄なため、早急に補強が必要なわけですが、急なことであるため準備がすぐには整いません。


それを見越していたかのように、陸軍から陸軍が上海派遣軍を提供するという申し出がされるのですが、そこに東條をはじめとする陸軍側の大陸戦略で主導権を握ろうという魂胆を見抜いた櫂中佐は上海への大艦隊の派遣を進言。これによって、上海での武力死衝突を沈静化できると考えるのですが、海軍内部の意思決定に時間を浪費し、中国側戦闘機の市街地爆撃を許してしまいます。


この事態に対抗して。海軍内では国民党政府の首都である南京への渡洋爆撃論が優勢となるのですが、この中国との全面戦争を呼んでしまう攻撃をくい止めるため、櫂中佐は自ら爆撃機に乗り込み、上海の中国軍の補給基地へのピンポイント攻撃を仕掛けることになるのですが・・、という展開です。


この爆撃の際に、海軍の新型戦闘機開発で一緒に汗を流した航空廠の設計士・坂巻と再開し、上海への攻撃に向かうのですが、ここで、日本軍の主流思想である攻撃重視・防御後回しの思考のために、坂巻が命を落としてしまうこととなります。


爆撃勢の様子は原書のほうでぜひ。迫力ある戦闘唐シーンが描かれています。


第17巻 櫂は東條英機説得のため中国へ潜入する


第17巻の構成は


第159話 坂巻の遺言

第160話 南京爆撃

第161話 謹慎中の訪問者

第162話 夢の国

第163話 陸軍と新聞社

第164話 中国の罠

第165話 東條の大義

第166話 発泡

第167話 マスメディア

第168話 海軍左派


となっていて上海の中国軍補給基地の爆撃に成功した櫂中佐だったのですが、機体の防御設備と通信設備の貧弱さから、航空廠での部下・坂巻を失い、これを教訓に山本・嶋田ら海軍上層部に、機体の改善とそれが終了するまでの航空作戦の延期を進言します。


その場の議論では、受け入れられたかと思ったのですが、嶋田中将たちはこれを反故にして、南京爆撃を続行します。しかし、結果は支援戦闘機との合流に再び失敗し、中国軍戦闘機による迎撃で日本軍爆撃機は次々の撃墜され、大敗北を喫することとなります。自分の進言を無視した上での大失敗を敢行した嶋田中将を櫂は過激に問い詰めるのですが、これが過ぎて、「貴様の言動は上官侮辱罪、反抗罪にあたる!!」と自宅謹慎を命じられてしまいます。


通常ならここでおとなしく自宅に引き籠もっているべきなのですが、自宅にたずねてきた外務省の丹原課長の中国出張に身分を隠して同行し、中国で陸軍の実権を握る東條参謀長に面会し、軍事侵攻の停止を訴えようと行動を始めるのが、彼の転んでもタダでは起きないところですね。


今巻の中盤では、マスコミの視察団と同行する櫂の姿が描かれています。関東軍の中国侵攻のおかげで購読部数が増えたと喜び、侵略戦争を美化する記者の姿が皮肉まじりに描かれるのですが、このあたりはマスコミ関係者にはちょっと不快かもしれません。


そして、最前線の司令部の一室で、櫂は東條中将と再会します。彼は二・二六事件に巻き込まれた話を皮切りに、中国侵攻の無謀さと、日本陸軍を泥沼の消耗戦に引き込んで勝利しようという中国軍の目論見を東條に説明し、軍事侵攻の停止を訴えるのですが、ヨーロッパ・アメリカ勢力からアジアを守り、日本がアジアの盟主になるという思想に酔っている東條が承諾するはずもありません。彼は中国南下政策を止めたいのであれば、自分を殺すしかない、と言い切るのですが・・という展開です。


この東條との対決の後、日本へ帰国した櫂中佐は、山本中将たち非戦派の勢力に組み込まれ、アメリカとの戦争回避策にどっぷりと浸かっていくことになるのですが、これは次巻以降の展開ですね。


レビュアーの一言


第17巻の最後のほうで、櫂中佐は東條参謀長と、ナチスのヒトラー総統との共通点と危険性を指摘し、

海軍は絶対に陸軍に首相の座を渡してはなりません

国の意思決定を東條中将にさせてはなりません

陸軍中心の軍事政権はつくらせない

東條中将を完全に排除する

これがアメリカとの戦争を排除する絶対条件です

と山本中将、米内海軍大臣に提言しますが、史実はこの提言を裏切っていくことになります。もっとも後に「独裁者」として恐れられた彼の性向は、保阪正康さんの「昭和の怪物 七つの謎」(講談社現代新書)の


大日本帝国の軍人は文学書を読まないだけでなく、一般の政治書、良識的な啓蒙書も読まない。すべて実学の中で学ぶのと、「軍人勅諭」が示している精神的空間の中の充足感を身につけるだけ、いわば人間形成が偏波なのである。こういうタイプの政治家、軍人は三つの共通点を持つ。「精神論が好き」「妥協は敗北」「事実誤認は当たり前」


といったところを読むと、大日本帝国軍人の典型中の典型が東條参謀長という人物に化体していたのかもしれません。もっとも、この大日本帝国軍人の特徴が当てはまる人は、今の日本の指導層の中にもいそうな感じがしますが・・・。


ちなみに、東条英機の人物像を詳しく調べようという人は文春新書の『一ノ瀬俊也「東條英機 「独裁者」を演じた男」(文芸春秋)』あたりがおすすめです。

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