薩摩と長州が手を結ぶ中、幕府の中心・将軍家茂没す=岡田屋鉄蔵「無尽」11(少年画報社)

2023年6月15日木曜日

幕末

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 幕末の四大道場といわれ心形刀流の伊庭道場の宗家の生まれで、新選組の沖田総司と並び立つ、幕府側の凄腕剣士である幕府遊撃隊隊長・伊庭八郎を主人公にした幕臣側の幕末ストーリー『岡田屋鉄蔵「無尽」(少年画報社)』シリーズの第11弾。


前巻で、大坂に滞在している幕府兵にからまれた娘を助けたことを逆恨みした幕府兵の投げた石があたり、突然死した弟・義蔵の喪失ショックを、奥詰衆として将軍・家茂に仕えることで抑えている(伊庭)八郎なのですが、今巻ではそれを上回る悲しみに直面することとなります。


あらすじと注目ポイント


前巻の最後では、阿部・松前両老中の罷免を求めてきた朝廷に反発して、将軍位を辞して江戸へ帰る、と帝を脅しつけ、一橋慶喜の説得でようやく思いとどまった将軍・家茂なのですが、本巻の冒頭では、上覧試合にも臨席し、機嫌よく八郎に上覧試合の褒美を与えたり、と上機嫌に過ごしています。この時に、家茂から紹介されたのが。二条城詰め鉄砲組同心の人見勝之丞の嫡男・勝太郎です。彼とは戊辰戦争の敗戦後行動をともにし、最後は箱館戦争まで一緒に戦っていますね。


ここで注目しておきたいのは、八郎のいる大坂と京都の違いですね。家茂の護衛として京都に随行している八郎は「ホント大変だから。おいらはもう京は嫌だよ」と大坂で一緒の本山小太郎にぼやいているのですが、二人が酒を酌み交わしている慶応元年の年の暮れの前年の6月には池田屋事件、7月には禁門の変がおきているので、八郎のぼやきも近い出来る所です。


そして、大坂よりもっと平和なのが「江戸」で、当時の情報伝達のタイムラグということもあって、江戸で料理屋の名板前である「鎌吉」は、長州征伐に伴う便乗値上げに文句を言っているのですが、長州征伐が始まればあっという間に幕府軍が徴集勢をけちらして、大坂に滞在している将軍も、奥詰衆も帰還してくるだろうと楽観的な見方をしています。


まあ、もっとも情報が伝わって来なかったのは、薩摩、長州、土佐といった政治的先進地以外の地方部で、この時は日本中のほとんどが、幕府が瓦解するなんてことは想像もしていなかった、と思います。実は、慶応二年の一月に、薩摩と長州との密約が結ばれていて、伊庭八郎も将軍・家茂も全く予測もしなかった事態が京都でおきています。


第二次長州征伐の準備が遅々として進まないことに、八郎たち奥詰衆の面々も不安な思いを隠せないでいるのですが、実際のところ、六月に十五万の大軍を擁して、四方から長州藩内に攻め込み、一時は周防大島を占拠するのですが、すぐさま奪還され、さらに広島から侵攻する芸州口では彦根藩が農民や町民兵が新式銃で装備した長州軍に撃破されてしまいます。井伊彦根藩は、武田家の遺臣や軍装をいれた「赤備え」が伝統で、戦国末期は「井伊の赤鬼」としておそれられた軍勢だったのですが、どうやらこの頃から装備的には進化していなかったようですね。


そして、中盤部分からは、長州征伐への出兵を薩摩藩が拒絶する中、伊庭八郎が仕える将軍・家茂の健康不安が浮上してきます。


本シリーズでは、大坂城内を散策中に突然激しい胸の痛みを訴えて、一旦は回復するのですが、再び発病し、そのまま寝付いてしまいます。家茂の病気は、漢方の奧医師たちの診断は「脚気」ということなのですが、当初、診察していた蘭方の奥医師の診断は「リウマチ」で、このあたりの診断意見の相違が病状の悪化を招いた、という話もありますね。


この後、家茂の病状は回復することなく、徳川幕府瓦解への道をたどり始めていくのですが、その詳細は原書のほうで。


レビュアーの一言


精神的に不安定で奇矯な行動の多かった十三代将軍・家定と、俊才で知られ徳川幕府最後の将軍となった十五代・慶喜の間にはさまれ、政治的には攘夷を声高に主張する朝廷や、やりたい放題をする長州や薩摩に悩まされ続けた「気弱で病弱な将軍」というイメージが強くて、歴史の授業などでも「添え物」の扱いをされることが多いのですが、幕末維新を「江戸幕府」側から描くこのシリーズでは、心優しく、家臣思いの「気遣いの将軍」として描かれていて、作者の『「家茂」愛』が炸裂しています。


このあたりは「慶喜」ファンや長州・薩摩びいきにとっては、ちょっと面白くないところなのでしょうが、歴史の別側面からみた風景として見落とせない視点だと思います。

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