美濃・斎藤家の落ち武者から国持大名にまで出世したのに、自らの突出によって島津との戦に敗戦して改易。一家離散のどん底から再び国持大名まで出世。さらには徳川二代将軍のときには「秀忠付」に任命されるなど徳川幕府の重鎮となった「仙石久秀」のジェットコースター人生を描く「センゴク」シリーズの第4Seasonの第14巻。
前半部分は、九州攻めが終わって次は海外雄飛か、というはずだったのが、一転して北条征伐と転じるあたりが描かれます。そして後半部分は、攻められる「北条氏」の初代・北条早雲の一代記。早雲は、主筋にあたる堀越公方・足利政知の子の茶々丸を討って、北伊豆を支配下においたことで、戦国の下剋上の幕開けをつくった人物とされていて、かなり悪辣な人物のように描かれることもあるのだが、果たしてそうだったのか、といったところに注目したいですね。
【構成と注目ポイント】
構成は
VOL.109 落首事件
VOL.110 死と生
VOL.111 東へ
VOL.112 すわ
VOL.113 新九郎
VOL.114 裁判
VOL.115 罰
VOL.116 場
VOL.117 国割り
となっていて、前半部分は淀君に子供ができたのを中傷する落首が見つかるところからスタート。
ネット調べてみるとその落首は「大仏の くどくもあれや やりかたな くぎかすがいは 子たからめぐむ」といったもので、今まで子供ができなかったのに、刀狩りで金属を集めて大仏をつくったら子供ができたのね〜、といった内容なのだが、実際のものがどうだったかはきちんとした記録が残っていないようす。案外、淀君懐妊の秘密を知っている者からの情報に基づくもっと「ドギツイ」えげつないものだったのかもしれません。
この落首に怒った秀吉は、犯人を探して処罰するのはもちろん、落首を許してしまった聚楽第の番人や関係者までも厳しく処罰するのですが、その根底に
世に一人しかおらん天下人の気持ちを
誰が知り得ようか
所詮民草はこーゆー奴らじゃ
身を粉にして奉仕するだけ
馬鹿馬鹿しいわいの
という思いがあります。このへんになると、天下人の権力の「魔」が秀吉の中に深く浸透してしまっている感じがします。この事件では結果、番人17人が耳削ぎ・逆さ磔、犯人を匿ったとされた天満の町衆、犯人の親族など60人以上が磔、そして黒幕と噂された細川昭元と斯波義銀が捕縛といった大きな事件となります。
この容疑者を調べるのが
古今東西、”真の静謐”に向かう直前には
数多が粛清される
そして
それを実行するのが文治を担う吏僚さ
とあるように豊臣政権の事務を担う石田三成と増田長盛なのですが、悩む増田に対し、石田三成は
殿下が我に奉行に向いていると仰言ってくれた
こちらは”相応しい”生き方をするだけさ
とかえってやりがいを感じているようです、ただ、こういう態度が、後の関ヶ原での敗戦を招く遠因ともなっているように思うのですがどうでしょうか。
この淀君出産のすきに、センゴクは淀君に拝謁しています。もちろん、
おそらく、殿下と淀様のぶっとい縁が世を動かす
蔦一本でもそれに繋がっときゃワシの身の上も動くやもしれん
といった下心あってのことなのですが、その場では何の約束もとりつけずに退席するのが彼らしいといえば彼らしいですね。
で、この若君誕生で秀吉の機嫌の良い機会を狙って、石田三成などの奉行衆が、財政面や木材調達の困難さ、貿易船建造の技術力の不足などで対外貿易の実施の延長を進言します。
秀吉もそのあたりの事情は理屈の上では理解するのですが、
銭を回さんことにゃあ
諸侯に与える土地もないわで
国内の秩序も容易ならざるもんぞ
といった理由からどこか攻め入るところの物色を始めます。一番の候補である北条家は前巻で、従属の意思を示すため上洛してきた北条の当主・氏直の伯父・北条氏規に
互いに真心で
行き合うてゆこうず
と「所領安堵」を公然の場で約しているんですが、これがどうしてこうなって、どんな難癖をつけたのかは原書のほうで確認してください。「経済」の論理、というのは、いろんなものを踏み潰すときもある、ということを教えてくれますね。
そして、舞台は北条家の創始者・北条早雲が関東を切り取っていく姿が描かれます。北条早雲は昔は一浪人から成り上がったとされていたのですが、現在では研究が進んで、幕府の名門・伊勢家の出身で、将軍の側近である「申次衆」にまでなったエリートであったとされています。
そして、醜男ながら、正義感が強く、腕っぷしも強い
お前様は
神仏も見捨てた京を正道に導く
御仁なのです
といった姿で描かれています。そんな彼を関東に派遣したのが、管領家の細川政元で
関東へ下向し、今川家を輔弼せよ
そして関東を救い給う
という筋立てになっているのですが、この政元が
管領家の細川政元が将軍を追放す
世に謂う「明応の政変」が勃発す
という典型的な下剋上、クーデターを起こします。これに続いて早雲が関東に覇を唱える話の詳細は原書で。
【レビュアーからひと言】
本巻の途中に、北条氏の五台当主の北条氏直が登場します、彼は、「判断力に富んだ人物だったが、虚弱な体質のため、裁決を人任せにせざるをえないのが北条滅亡の原因」とされていて、本書でも
豊臣は先代を上洛せしめば和睦に応じるというに
先代は新城に籠りきり
評定衆は沼田問題は豊臣側に不正ありきと息巻き
十中八九もあり得ない伊達家の来援を信じて疑いもせん
といった冷静な情勢分析と判断を示しているのですが、この虚弱体質に加え、北条家特有の評定衆などの民主的な運営体制が悪影響して、滅亡への道へ転がるのを停めることができなかった、ということでしょうね。
後北条氏については、戦国時代の戦に敗北し滅んでいった武将たちの奮闘と悲哀を描いたら右に出る者のいない伊東潤氏が共著した「北条氏康 関東に王道楽土を築いた男」という本のレビューもあるのでよろしければそちらもどうぞ。
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