美濃・斎藤家の落ち武者から国持大名にまで出世したのに、自らの突出によって島津との戦に敗戦して改易。一家離散のどん底から再び国持大名まで出世。さらには徳川二代将軍のときには「秀忠付」に任命されるなど徳川幕府の重鎮となった「仙石久秀」のジェットコースター人生を描く「センゴク」シリーズの第4Seasonの第9巻。
島津家久が大友氏の本拠・府内へと攻め上がり、いよいよセンゴク・長宗我部軍と島津勢との本格的な戦闘が始まっていく。
この戦での島津の軍勢は1万8千という人数で、センゴク・長宗我部軍6千人のほぼ3倍という大軍である。しかも、その島津軍を率いるのが、天才戦術家・島津家久であるから、その強さは計り知れないというしかない。そんな強敵に、センゴクは立ち向かえるのか、といったところが本巻の読みどころ。
【構成と注目ポイント】
構成は
VOL.64 戸次川
VOL.65 敵中敢渡の系
VOL.66 渡河
VOL.67 戦闘開始
VOL.68 信親 前進
VOL.69 釣りの野伏
VOL.70 若輩なりとて
VOL.71 隙間
VOL.72 勝鬨
となっていて、前巻を受けて、センゴクが
ワシゃあ
生きるために行く
理由なんぞんねェ
と突出する意思を示すところからスタート。
当然、穏健派の長宗我部元親は同行するのに難色をしめし、あくまで秀吉の意思に従うことを主張するのだが、その心の底には「豊臣の世は長く保つまい。来たるべき有事に備えるべし」といった思惑があったことが明らかになるのだが、ここらは、ちょっと元親の読み違いかもしれないですね。
そしてもう一つの読み違いは、しばらくの間、同じ釜の飯を食う仲間となったしまったセンゴクに、息子の信親が
手前には
耐え難きことなのです
と同調してしまったこと。四国攻めで、配下の武将を切腹させたり、ほとんど戦わずして「機会を待つ」だけというのは、才気あふれ、将器のある彼には耐え難かったと思えます。
そして、いよいよ、センゴクの纏める讃岐軍と長曾我部軍が島津軍と刃を交わす「鶴賀城の攻防戦」が開始されることとなります。ここでも、またセンゴクは河を渡って、前後に敵と相対して戦う、という捨て身の戦法を展開します。それは
金ヶ崎の退き口も
三方ヶ原の合戦も
手取川も
熊野の合戦も
おんしらとの引田の合戦もじゃ
何べんも退路なしに戦うてきたわ
という意気込みなのですが、ここは、長宗我部元親が陣立てに若干の軌道修正を加えるのです。これに上方勢は命を救われることになりますね。
そして島津勢との戦は、長宗我部信親が勇猛果敢に攻めかかることで幕を開けます。
信親の勢いは一見、島津勢を押し込んでいるように見えるのですが、元親が
囮かもしれぬ
と推察したように、「野伏の陣」と呼ばれる伏兵作戦をしかけ、一転して窮地に陥ります。これは大友宗麟率いる大友勢と激突した「耳川の戦」でも見せた戦法で、どうやら島津の戦の十八番のようですね。ただ、ここで踏ん張るのが、センゴク勢と長宗我部勢の強さで、長宗我部信親が自らの身体を張って前へ出る戦いぶりで、島津勢の隙をつくとともに、城主が討ち死にして意気消沈していた「鶴賀城」の城兵の戦闘意欲を呼び覚まし、戦況を上方勢有利に導くことに成功いたします。ここらは、信親とセンゴクを主役としたアクションシーンを楽しんでくださいな。
ただ、この勇猛な戦ぶりが、島津家久の「本気」を引っ張り出してしまったようで、彼が神憑りとなった戦闘がどんなものかは次巻を待て、といった筋立てとなってます。
【レビュアーから一言】
いろいろと安全策は講じておくのだが、最後はセンゴクや信親を助けて戦闘に参加していく長宗我部元親の心境は、まさに「親心」というものなんでしょうね。
特に、この場面で島津勢を退却させたのは、元親の軍が、島津の上井・樺山勢を退けて、封鎖網を突破したことがかなり影響しているようで、ここは一代で四国を制覇した武将の名采配の現れでしょう。
うーむ、なんで、こういう名将が天下を狙うことなく舞台を去ることになったんでしょうか?
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