国内の反対派を説得する決め手は「大和」?(「米国和平交渉篇」3)=三田紀房「アルキメデスの大戦」22〜23(ヤングマガジンコミックス)

2021年11月8日月曜日

アルキメデスの大戦

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 世界大戦へと進んでいく日本の運命を変えるため、その象徴となる「戦艦大和建造」の運命を変えようと、海軍に入り、内部から太平洋戦争をとめようとする天才数学者の姿を描いたシリーズ『三田紀房「アルキメデスの大戦』シリーズの第22弾から第23弾。


前巻で、ルーズベルト大統領との直接交渉で、南満州鉄道株と新・大和の売却、中国からの撤退という条件に加えて、南太平洋諸島の委任統治権とアリューシャン列島の交換で、和平交渉をまとめた櫂だったのですが、日本へ帰国し、政府。陸軍、海軍の首脳たちを相手に条約締結の説得工作に入る姿が描かれます。


あらすじと注目ポイント


第22巻 和平案は軍人側からの猛反対を受ける


第22巻の構成は


第209話 報告会議開幕

第210話 満州の価値

第211話 国家観の違い

第212話 北か南か

第213話 仮想敵国

第214話 国家百年の大計

第215話 山本の腹案

第216話 休憩

第217話 「大和」売却

第218話 退出


となっていて、政府、陸軍、海軍の首脳陣に対し、アメリカとの交渉当事者となった牟田口少将、櫂大佐、外務省の丹原課長が交渉経過を説明する場がもたれます。

政府側は外務省の意向を組む人選がされているのですが、軍人側は海軍の島田中将、陸軍の東條中将が含まれているところが不安要素です。


会議のほうはまず「中国からの撤退」で、陸軍側の猛反発を受けます。

もちろんその急先鋒は、関東軍参謀長として中国対策を主導していた東條中将(この時点では本部へ復帰し航空本部長となっています)なのですが、独断専行が目立った彼の中国戦略に不満のある海軍側の主張と、満鉄株売却による満州開発の負担軽減の効果で、陸軍側のしぶしぶの承諾をとります。


次に揉めたのは「太平洋南洋諸島の委任統治権の譲渡」で、これに対しては海軍側が猛反発してきます。これに対しては、さきほど中国撤退と満鉄株売却を呑まされた陸軍が賛成側に回るとともに、櫂がアリューシャン列島を領有することによる北極圏の実質支配と満鉄株の売却益による日露戦争の借款の返済という隠し玉で説得しようとするのですが、かなり苦戦します。


やはり「領土」がからむと物事が難しくなるのは今も昔も変わらないようですね。


ここで味方になったのが、海軍の山本五十六中将です。彼はアリューシャン列島のアッツ島からハワイまでの距離の近さに気付き、「北方をおさえれば太平洋を制することができる」とハワイ攻略の際の前線基地としての役割に気付いたようですね。


実際にアッツ島が日本軍によって占領されるのは1942年で、1941年の真珠湾攻撃の際は択捉島から出航しているので、今巻の山本中将のプランはフィクションなのですが、和平を進めるはずの櫂の案が、軍事作戦遂行のアシストとなったのは皮肉な結果です。


しかし、和平案の最後の難関「新・大和」の売却については、「大和」をハワイ攻撃の最重要パーツとして位置付ける山本には到底容認できない条件で、火を噴くような勢いで激高し・・と展開していきます。


第23巻 「大和売却」に意外な賛同者が出現


第23巻の構成は


第219話 30憶ドルの使い途

第220話 櫂の弱点

第221話 思わぬ援軍

第222話 妥結の代償

第223話 スパイ容疑

第224話 不当逮捕

第225話 拷問

第226話 覚悟

第227話 清水の選択

第228話 天罰


となっていて、一旦堆積した山本たちを説得しテーブルにつかせた櫂は、大和の売却益を日本全体の道路や発電などの公共基盤の整備に使って日本の国力を上げることに使うと説明するのですが、山本は「戦艦は武士の刀」と頑強に反対します。

今まで「理論派」に思えていた彼の意外な本質が垣間見えますね。


さらに櫂の「その根拠は?」という問いに対し

根拠などいらん

日本人は心で戦う!

精神力で相手を倒す

といった「精神論」が炸裂して、櫂の合理的な考えと真っ向から対立します。櫂は

精神力で戦うなど不合理の極致!

神頼みでは何も解決しない

現代の戦争とは科学技術と物量の激突

精神力は付帯的条件に過ぎない

と主張し、仕組みと制度をつくり、物量を用意することが指導者の務めだ、と力説するのですが、このあたりになるとそれぞれの立脚点が全く違うので議論にならないのと、櫂の「こんな簡単な論理がなぜ理解できないのだ」という理屈一辺倒の悪癖が出て、事態は悪化する一方です。


ところがここで、意外な味方が現れます。陸軍の東條中将と仲がよく、櫂の反対勢力であった「嶋田中将」が突然、理由はないが、売却には賛成だ、と賛成意見を述べます。


ルーズベルト大統領との約束があるため、なんとか和平案をまとめたい櫂は藁にもすがるつもりで嶋田中将に賭けるのですが、嶋田の「替えはいくらでもある」という言葉が何を意味しているか、不気味なところですね。


和平協定自体はこの結果、受諾することが決まるのですが、今まで後ろ盾となって彼を支持してくれていた「山本中将」の信頼が崩れ去ったことがこれからどう影響してくるか心配なところでありますね。櫂は全くそのあたりの機微には気づいていないところがまた傷口を広げていきそうな気がします。


そして、巻の後半では、綾部マキコに目をつけていた特高の藪本に捕まり、スパイであることを認めるよう拷問を受けます。


櫂は、今までの理知的なやり方が全く通用しない相手の魔の手からどう逃れるのか、といったあたりは原書のほうでお読みください。


レビュアーのひとこと

今回の和平協定で山本五十六中将が意外な食い付きを見せたアリューシャン列島の領有ですが、真珠湾攻撃の翌年の1942年にアッツ島とキスカ島が日本軍によって占領されています。

この二島の占領は、アメリカにとっては植民地を除き、第二次世界大戦で始めた失った領土であったため、ショックは大きかったようですね。


その後、この二島をめぐって両国の攻防戦が繰り広げられるのですが、領土奪還のため大規模な兵力を投入するアメリカ軍に対し、戦略的価値が低いと判断した日本軍の増強は少なく、1943年にはアッツ島の日本軍は全滅しています。


このすぐ後、1943年7月に近くのキスカ島の撤収戦が行われるのですが、この指揮をとった木村少将が1回目の霧が晴れたために引き返したことへ大非難をものともせず、濃霧の発生を待って、5183名の守備隊を無事撤収させた「キスカの奇跡」と呼ばれた撤収戦は有名です。


これについてもう少し詳しく知りたい方には『將口泰浩「キスカ島 奇跡の撤退ー木村昌福中将の生涯」(新潮文庫)』がおススメです。

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