幕末通訳の見たオランダ商館員の「江戸参府」=川合円「とつくにとうか」1(アフタヌーンKC)

2023年8月27日日曜日

歴史コミック

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 西洋との窓口が長崎の出島に限られる「鎖国政策」が取られていた江戸時代、日本と西洋との重要な架け橋を務めていたのが、江戸幕府の世襲役人として通訳や外国書籍の翻訳に従事していた「通詞」という役職です。


歴史の表舞台で派手な動きをすることは稀なのですが、日本が鎖国政策にも関わらず、西洋列強の動きを知り、西洋の植民地となることがなかったのは、彼らの地道な外国情報が基礎にあったことは間違いありません。

そんな、「通詞」の一人を主人公に、江戸末期の日本のもうひとつの姿を描くのが『川合円「とつくにとうか 幕末通訳 森山栄之助」(アフタヌーンKC)』シリーズです。


地味な役職ゆえ主人公となることはなかった職種なのですが、今回、異色のお仕事マンガの第1弾をレビューいたしましょう。


あらすじと注目ポイント


構成は


第1話 通詞とは

第2話 手拭いが白くても

第3話 同じ人間

第4話 乾杯

第5話 謁見


となっていて、冒頭は物語の主人公・森山栄之助が、天保6年。4年に一度、オランダ商館の館長たちオランダ商人が将軍へ謁見するために上京する「江戸参府」に随行しているところから始まります。


主人公は江戸幕府の世襲役人で、オランダ人の通訳をするため三十数家で構成される「阿蘭陀通詞」の中の「森山家」の出身で、後にペリー提督やハリス公使との交渉の場で通訳を務めた幕末外交の陰の功労者の一人です。中国の清国との貿易の通訳をする「唐通詞」が、清国の貿易商の子孫が住み着き、帰化した元中国人であったに対し、「阿蘭陀通詞」は地元長崎の出身者か、かつての貿易港「平戸」からの移住者の子孫でありました。収入的には大通詞が五人扶持銀十一貫(金220両ぐらい)、小通詞が三人扶持銀五貫ぐらいで、文政年間の江戸の大工さんの年収が銀1貫587匁ぐらいとされている(出典:「江戸時代の「1両」の価値ってどれぐらいだった?<mana@bou お金の歴史雑学コラム>)ので、庶民からすると高給取りなのですが、旗本・御家人の平均年収が約500石(約500両)とされていることから考えると、幕府役人としてはそんなに高収入とはいえません。ただ、貿易や輸入品の仲介などの副業収入がかなりあったようなので、人によっては高所得者だったと思われます。


そして、後に大役を担う「栄之助」なのですが、今回は長崎から出る初めての旅であり、まだ通詞見習いの立場であるため、同僚の通詞見習い・堀から翻訳間違いを指摘されたり、とまだまだ修行の道中です。


そんな彼が随行するオランダ書記官・ヤンの、毎日風呂に入りたがったり、西洋料理人を連れてきているのも関わらず、日本人と同じ魚料理や米の食事を要求するわがままに少々イラッときているのですが、その裏に西洋人に対する日本人の長年の「忌避」があったことに気づいてしまいます。


このあたりは中盤あたりでの、商館長(カピタン)が頑として日本人と親しく交わろうとしないあたりの理由にもなっていて、長崎の出島から細ぞ外でも「情報」や「知識」は入ってきていても、西洋人はやはり「異人」であった当時の庶民の意識を教えてくれています。


しかし、こうした中でも、なんとかオランダ人と日本人との媒をしようとする「栄之助」の動きは、巻のなかほどの伊豆の代官・江川英龍とオランダ人医師「カロン」との出会いのあたりですこしばかり成果をみせているようです。江川は、反射炉の築造や西洋砲術の普及など、幕末に列強の軍艦が出没するようになった時代に海防の低減をするなど先駆的な殿様だったのですが、このあたりの交流が少しは役に立っているのでしょうか。


巻の後半では、二ヶ月かけて長崎から江戸へ旅をし、10分程度の謁見で終わった「将軍謁見」の様子が描かれているのですが、この淡々とした扱いが当時の「外国」に対する江戸幕府の政府高官の認識を示しているんでしょうね。


幕末期にペリーの来航ではじまる「攘夷か開国か」の国内の内乱騒動などはまだ無縁の「平和」な時代の物語が綴られていくので、幕末動乱のファンの方はその前史的な感じで読むとよいのでは。


レビュアーの一言


のびのびと「通詞」として一人前になることを目指している「栄之助」に対し、同僚の「堀達之助」のほうは何やら鬱屈を抱えているようです。

というのも、彼の養父の堀政信はシーボルトの書簡を取り次いだとしてシーボルト事件に連座して失職しているのですが、当人も後に、ドイツ商人リュードルフが持参したプロイセン・オーストリアの通商願いを幕閣に取り次がず、独断で処理しようとしたとして、入牢処分に処せられています。これは幕閣上層部の失態を隠すための冤罪といわれています。


父子そろって政治的な事件に巻き込まれてしまっているのですが、これは「通詞」が一介の通訳ではなく、一種の「外交官」的役割を担わされていたことによるんでしょうね。

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