鹿児島の出身で日本警察の基礎を築いた「川路利良」を中心人物にすえて、ペリー艦隊の来訪から安政の大獄を経て明治へ続く幕末の時代を、「ハコヅメ」の作者・泰三子が、倒幕の片翼を担った「薩摩藩」や「彦根藩」の視点から描いた幕末歴史コミック・シリーズ「だんドーン」の第1弾。
あらすじと注目ポイント
第1巻の構成は
第一話 照国の待望
第二話 命運分ける才能
第三話 はじめてのおつかい
第四話 大奥の挿し木
第五話 盗れたはずの遺恨
第六話 芋侍の江戸わずらい
第七話 今日も男と女がすれ違う
となっていて、冒頭はペリーの来航で民情不安となっている江戸で、砲術家の下曽根家で軍事調練の場面から始まります。諸藩から数百人の入門希望者が集まるこの塾で、川路は最初の免許皆伝となるのですが、その内容は「陣列太鼓」です。
戦国時代はいざ知らず、幕末当時の戦術は個々の武術の腕前を基本とした個人戦が主流であったでしょうから、陣列太鼓の指示で動く、というのは諸藩の武士たちにとってあまり嬉しいものではなかったと推測されます。
川路がこの砲術塾に通うようになったのは、藩主の島津斉彬の指示なので、川路は当時から目をかけられていたことが明らかです。そして、もう一人、目をかけられていたのが、川路が藩邸で初めて出会った「西郷隆盛」で、この子供時代の喧嘩で剣が使えなくなり、また出仕後、年貢を下げるようしつこく上申したせいで上司に疎まれて閑職に追いやられ、新婚の妻にも逃げられた彼に、斉彬は
「日本のナポレオンになれ。と無茶振りしています。まあ、これはある程度実現するのは、後の歴史が証明しています。
そして川路は西郷が、斉彬の命で水戸藩などの他藩への使者として出向くのに同行し、彼が
薩摩の小役人としては通用せん男が
諸侯の間じゃ「純度の高い薩摩の使者」
として想像以上の役割を果たしていることを認識します。その一方で、西郷の声望があがるにつれ、幕府の密偵らしき者たちが周囲に増えていることに気づく川路の「観察力」も大したものです。
そして、西郷を襲った密偵の住まいを割り出し、彼の家族の病につけこんで、「二重スパイ」に仕立て上げていくのですが、ここらから本人も気付いていなかった川路の「真っ黒い才能」が開花していくことになります。
中盤は、幼い頃から病弱であった十三代将軍・徳川家定の後継争いが描かれます。
ご存知のように、川路の主君・島津斉彬は一橋慶喜を推す「一橋派」で、家定に慶喜を次代将軍に指名してもらうため、島津の縁戚である「篤姫」を御台所へ送り込もうとしていて、川路と西郷は嫁入りの支度を命じられます。ただ、無骨な二人にそうそううまくいくはずがなく、嫁入り道具の「貝合せ」や浮世絵の手配で騒動を巻き起こしたり、篤姫を市中に連れ出して、井伊直弼にいちゃもんをつけられたり、といった騒動を起こします。
この井伊直弼との対面の場面では、篤姫の胆力と動乱の時代じ将軍家へ嫁ぐ決意が明らかになるので、原書のほうで確認してください。少しネタバレしておくと、結果的に十四代将軍に一橋慶喜が就任することはなかったので、徳川斉彬の目論見は見事に外れました。
後半では、西郷隆盛の暗殺を仕掛けた井伊藩の多賀者の頭「タカ」へと主題が移ります。「タカ」は本シリーズでは井伊藩の忍び集団の頭の女性で、井伊直弼の愛人。14男で彦根藩の藩主となる可能性のほとんどなかった直弼を兄たちを謀殺して、藩主に押し上げた張本人とされています。
一橋派は、将軍・家定への篤姫による慶喜擁立工作が失敗したので、帝へ働きかけをしようと画策しるのですが、これを阻止しようと動き出すのが彼女です。
ちょうど、参勤交代によって斉彬が薩摩へ帰郷するのを狙って、瞽女に扮して薩摩に潜入するのですが、彼女の斉彬抹殺工作がどんなものかは次巻以降で。
川路と西郷も斉彬に従って帰郷しているのですが、郷士あがりで藩内の秩序上は軽輩に属する彼らの生活の様子や有馬兄弟との出会いも描かれてますので、物語の基礎知識としておさえておきましょう。
レビューのひとこと
これからの物語展開で重要な役回りの「タカ」は、井伊直弼の愛人で、長野主膳とともに京都の情報収集活動を行った「村山たか」がモデルとなっているのですが、本シリーズで「タカ」が率いる「多賀者」については実在したかどうかはよくわからないところがありますね。
戦国時代に活躍した「忍者」「忍び」は、江戸時代になってからは武士化して、幕府に限らず多くの藩の下級武士として情報収集活動に従事していたようで、幕府開設以来の名門で、大老職に当主が6人も就いている(井伊家は家格が高すぎて、老中にはならないしきたりになっていたそうです)家も、伊賀忍者の流れである「伊賀徒行(いがとぎょう)を配下にして藩主の護衛や情報収集活動に従事させていたようです。
「多賀者」は「村山たか」が多賀大社ん寺坊尊勝院の娘として生まれたところをヒントにし、「伊賀徒行」と組み合わせて創作されたものと推測しましたがいかがでしょうか。
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