鹿児島の出身で日本警察の基礎を築いた「川路利良」を中心人物にすえて、ペリー艦隊の来訪から安政の大獄を経て明治へ続く幕末の時代を、「ハコヅメ」の作者・泰三子が、倒幕の片翼を担った「薩摩藩」や「彦根藩」の視点から描いた幕末歴史コミック・シリーズ「だんドーン」の第6弾。
前巻で薩摩藩の上洛のための軍資金の金塊を無事、下関まで届けた川路と中村半次郎だったのですが、上洛する藩士たちを束ねる西郷たちは長州藩や過激志士によって倒幕運動に巻き込まれていきます。
あらすじと注目ポイント
第6巻の構成は
第四十二話 いでよ長州藩
第四十三話 意地の汚さ日の本一!
第四十四話 帰還でごわす
第四十五話 率兵上京開始
第四十六話 掟破りの西郷どん
第四十七話 斬るは一世の一里塚
第四十八話 その涙は思い出の味
第四十九話 思わぬ再会
第五十話 着地点が見つからない
となっていて、前巻に引き続き、島津久光が兵を率いて上洛する際の米代用の金塊を背負って、過激志士たちの目をくらましながら、川路と半次郎+太郎は下関に到着します。ただ、下関は攘夷派の巣窟・長州藩の領内で、二人は桂小五郎、草家玄瑞、山田市之允の訪問を受けます。
川路と半次郎、そして長州の大物3人は夕食をともにします。そこで出されたのが長州藩では食することが厳しく禁じられていた「フグ」で、久坂はふぐの毒にあたって命を落とすべきでない、身をささげるのは国のためだけだ、と川路たちにも食わないよう忠告するのですが、半次郎は
薩摩は男尊女卑のお国柄・・・
女子の作った食事に男が議を言うような女々しかこつはできもはん
そもそも飲み食いの時
ビビったら切腹じゃしな
と意に介せずフグを食おうとします。やりとりはしばらく続くのですが、ここらに長州と薩摩の違い、ひいては維新後の隙間風の原因を感じてしまいます。
会食の後、桂や久坂たち長州勢は川路たちから、久光の上洛計画の中身を聞き出そうとします、そしてその雰囲気が倒幕ではない感じなので、対馬藩へのロシア兵の居座り事件を例に出して川路たちを説得にかかります。しかし、人の悪さでは他者の追随を許さない川路は、反対に激昂する久坂から長州藩が公武合体派と攘夷過激派に分裂していることを察知しますこれに気づいた桂は久坂を制止し、西郷の動向を探ることに重点を移すなど、長州勢と薩摩勢の間で激しい情報戦が展開されることになります。
ここで長州勢たちが一番関心をもっていたのは「西郷吉之助」の動きで、薩摩藩の上層部についてはさほど関心がないようですが、薩摩藩の家老の小松帯刀の存在に気づけなかったのが倒幕戦で薩摩に煮え湯を飲まされた原因のような気がします。
中盤では、軍資金を無事送り届け、薩摩に帰還した川路と半次郎は、奄美への島流しから還った西郷吉之助とともに、島津久光と小松帯刀ほか藩の重役たちとの密議に同席します。
そこでは、長州藩の家老・長井雅楽の提唱する「航路遠略策」を巡って賛否が分かれるのですが、意見を求められた西郷は
「航路遠略策」は斉彬様のお仲間を大獄で弾圧した幕府を擁護し
帝の許しなく結んだ条約を肯定するような下劣な策
と切り捨て、これを指示する重臣の堀に帝と斉彬様への無礼を詫びて腹を切れ、と言い放ち、他の重役たちも腑抜けだと批判します。
さらに、今回の久光の上洛についても、久光は
(久光は)地五郎(薩摩弁で田舎者)じゃっで
斉彬様のような
国事周旋はできもはん
と批判したうえで、久光は「井の中の蛙」だと暴言を吐いてしまいます。このあたり、維新後も続く、久光と西郷の反目を象徴しています。
この密議のせいか久光は上洛は倒幕のためではない、と藩士を戒め、西郷も過激派をなだめながら下関へ先発するのですが、志士仲間で有名な西郷が動くだけで志士たちは沸騰していくのは仕方ないかもしれません。そこを見透かして、小松帯刀が川路と半次郎に命じたのが、勤王家の田中河内介や清河八郎たちと薩摩藩士の離間工作です。で、川路の策は両者の宴の際に薩摩の「焼き芋」といった宴会芸を始めることだったのですが、これが思ったより効果的です。この宴会芸がどんなものかは原書のほうで。
ところがここで思わぬ伏兵が登場します。バリバリの攘夷派である久坂玄瑞が長州の過激派を引き連れて上洛してきます。大坂で久坂や薩摩の有馬新七と面談した西郷は、過激派の爆発を抑えることは難しいと感じ、自らが先頭に立って戦を始め、賊将として討たれれば沈静化するだろうと策を講じます。これを知った村田新八と大久保利通が西郷の説得に訪れ・・という展開です。
この時もそうなのですが、官僧・月照との心中事件や西南戦争のときと同じように西郷隆盛という人は、最終的な可解決手段として、自分の命を差し出すという行動パターンが多いですね。
後半からは、島津久光の命令に反して挙兵しようとした西郷たちは離島流罪になるのですが、挙兵が鳴らなかったことで長州藩との関係が悪くなるのを避けるため、久坂玄瑞のもとへ、西郷たちは中村半次郎と田中新兵衛を残して生きます。期せずして幕末の4大人斬りのうちの2名までが集まることになります。
このうちの田中新兵衛をつかって、井伊直弼と近しかった九条家で警護にあたっている多賀者の精鋭である五人の忍びを始末することに成功するのですが、これは多賀者たちによる「太郎」の誘拐と彼から攘夷派の情報を聞き出すための拷問に結びつくこととなります。
そして、多賀者の「タカ」はその情報から、暴発しようとする薩摩藩の有馬新七をはじめとする過激派と田中河内介、真木和泉が寺田屋に集まって蜂起しようとする動きをつかみ、これを薩摩藩に取り締まらせ、もしできないようなら薩摩に責任をとらせる謀略をめぐらします。
藩の存続をとるために、藩士を討つことができるか、大久保一蔵の決断は・・ということで次巻へと続きます。
レビュアーのひとこと
幕末の四大人斬りといえば、土佐の岡田以蔵、肥後の河上彦斎、薩摩の田中新兵衛と中村半次郎の4名なのですが、それぞれの人斬りになるまでのプロフィールを見ると、岡田以蔵は貧乏郷士の出身で土佐の武田瑞山に師事、河上彦斎は下級武士の出身ながら肥後細川藩主の近習として出仕し、掃除坊主から国老附坊主まで出世、田中新兵衛は薩摩前ノ浜の船頭の子で、密貿易の船頭をしていたところを薩摩の豪将森山新蔵によって士分株を買ってもらい侍となる、中村半次郎は城下士の出身で父の流罪によって家禄を召し上げられ貧乏暮らし、と河上彦斎以外はいずれも貧しい暮らしを送っていたようです。
彼らはその剣の腕で多くの佐幕派を多く斬り殺してきたのですが、岡田以蔵と河上彦斎は刑死、田中新兵衛は自刃、中村半次郎は維新後、陸軍少将に昇進するも西南戦争で西郷方につき敗死と、いずれも畳の上で大往生といかなかったのは、その報いなのでしょうか。
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