美濃・斎藤家の落ち武者から国持大名にまで出世したのに、自らの突出によって島津との戦に敗戦して改易。一家離散のどん底から再び国持大名まで出世。さらには徳川二代将軍のときには「秀忠付」に任命されるなど徳川幕府の重鎮となった「仙石久秀」のジェットコースター人生を描く「センゴク」シリーズの第4Seasonの第4巻
双方の消耗戦の様相を見せてきた「紀州攻め」も、ようやく決着するのが本巻。前巻までは山中での地味な戦が続いていたのですが、久々にセンゴクの大暴れのシーンがでてくるので久々の爽快感も味わえる仕上がりとなっている。
さらに、紀州攻めも決着し、「四国征伐編」が始まる。一万四千石の小さな領土を降り出しに、土佐そして四国を、一代で統一し、一時は織田信長ともタメに張り合っていた「長宗我部元親」と豊臣勢の大相撲の始まりである。さて、センゴクはこの中で存在感を示すことができるか、といったのが「四国征伐編」の読みどころですね。
【構成と注目ポイント】
構成は
VOL.24 三将
VOL.25 紀州人
VOL.26 二大国
VOL.27 書状
VOL.28 千雄丸
VOL.29 夢想
VOL.30 動員
VOL.31 渡海
となっていて、湯川直春自らの出陣によって追い詰められた感のあったセンゴク・尾藤隊が、藤堂高虎の後詰によって息を吹き返すところからスタート。
この挽回戦の中で、センゴクは自ら先頭に立って敵をなぎ倒していく戦いぶりを見せ、
彼らの隊は慎重かつ大胆に後背を衝いてきおった
三者見事にちぐはぐに動きよる
上方勢いは窮屈と思うとったが
むしろ自由に、持ち味を活かしとる
と敵将の湯川直春をやけに感心させることとなります。このあたりが、湯川勢が優勢に戦いを進めながら最後まで反抗することなく和睦の道を選んだ原因になったのでは、という推理を本書ではしていますね。この戦で注目すべきは秀吉が三人の武将を派遣した理由を
世の理ちゅうのは不思議なもんじゃで
優秀な「金将」三人と戦うより
「銀」に「桂馬」に「香車」と
三者三様のが戦いづらいもんじゃ
と説明しているところで、これはビジネスのチーム作りにも応用できそうな話ですね。
さて、物語のほうは和睦によって紀州勢から背後を衝かれることを防止することのできた秀吉が「四国攻め」にとりかかることとなります。ただ。この四国攻めの背後には、毛利家の領土拡張の欲望が隠れていたってなことは本書で初めて知りました。しかも、さらにその奥に、関ヶ原の戦でも、毛利家を滅亡から救った吉川元春の深謀遠慮があったようですね。このあたり、同じ毛利家でも小早川隆景や毛利輝元のイケイケ路線とは一線を画していたようであります。
そして、この「深謀遠慮」の風情は、猛将とばかり思われている「長宗我部元親」にも共通していて、豊臣が四国征伐に乗り出したと聞いて
彼の者が民を安んずるとあらば和する
苛むとあらば戦う
と反応しているあたりは、ちょっと意外でありました。(ちなみに、巻の後半では、長宗我部元親の嫡男・信親が登場します。彼が関ヶ原まで生きていれば、長宗我部家の行末も変わったかも、と思わせる人物に描かれています)
ともあれ、この四国征伐は、和睦によって領土拡張の夢を絶たれた毛利を宥めることと、これまら和睦したことによって多くの犠牲を出しながら褒賞を当たることが難しい、紀州攻めに参加した豊臣方の武将たちに恩賞の期待を抱かせて不満を鎮める、といったはなはだ経済的な理由もあったようで、「天下統一」というのも、一筋縄ではいかんようですね。
【レビュアーから一言】
紀州勢と豊臣勢との和睦には、本書では、黒田官兵衛が大きく関与していることになっていて、豊臣秀長に官兵衛が、紀州人の人となりを調べてもらい、「紀州人の人となり、陽気甚だしく勢い凄まじくも ー 反面、隙も多し」と評しています。
官兵衛については、紀州入りをしたときに、豊臣秀長が
ちと鋭利すぎるの
兄者が勘兵衛殿の招聘を最終手段と言っていたのも納得じゃ
と感想をもらしています。彼が策をめぐらした「和睦の最終的な結末」が何だったかは、後年、秀長によって湯川直春たちが毒殺されるということで明らかになっているように思うのですが、いかがでありましょうか。
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