落語の一門・阿良川流の真打ち昇進を決める審査会で、審査委員長を勤める大御所から「破門」を言い渡され、それをきっかけに落語を辞めた父親の仇をうつため、その娘「桜咲朱音(おうさきあかね)」が、大看板の落語家となることを決心し、女性としては珍しい落語家の階段を登っていく噺家版サクセスストーリーとなる『末永裕樹・馬上鷹将「あかね噺」(ジャンプコミックス)』シリーズの第10弾。
前回で、阿良川泰全から二ツ目昇進の推薦をとるため、「今昔亭ちょう朝」に会いに行けとアドバイスされた「あかね」が、そこで新しい芸風を開くきっかけが描かれます。
あらすじと注目ポイント
第10巻の構成は
第八十一席 大看板・今昔亭ちょう朝②
第八十二席 ”陽”の芸
第八十三席 丁半博打
第八十四席 現在地
第八十五席 私の秘策
第八十六席 新風会
第八十七席 外付けの自信
第八十八席 舐めやがって
第八十九席 狸の噺
となっていて、前巻では「あかね」のライバル三明亭からしの師匠「三明亭円相」からのアドバイスを受けて、「今昔亭ちょう朝」が高座をかける弥栄亭に出向いた「あかね」は彼に高座での怒号のような歓声に驚くとともに八生師匠から
君と同じタイプの落語家だよ
ちょう朝君は
と言葉をかけられます。
根っから陽気で、博打好きの破滅型噺家の典型のような「ちょう朝」の高座は、そのネタも出番前のサイコロで決めているので、その日の演目も「看板の一」という軽めのものなのですが、彼にかかると立派な大ネタに化け、客をわかしています。
さらに、高座がはけた後、その場にいた若手落語家を連れて居酒屋に連れていき、連れどころか店に居合わせた客の勘定をすべてもつという大豪遊です。「あかね」は「ちょう朝」の”陽の芸”に何かを感じたのか、彼に「稽古をつけて欲しい」と頼みます(ついでに「からし」も相乗りしています)。
「ちょう朝」は二人に稽古をつけるかどうかは
お前達、2人の話をきくかどうかは
”丁半”で決める
と言い出して・・という展開です。この博打の結果と二人の依頼がどうなったかは原書のほうで。
「ちょう朝」が”丁半博打”と言い出した理由を「あかね」と「からし」は途中で見抜いているようです。
少しネタバレしておくと、その理由は
ヒリつく勝負でこそ人の本質は炙り出される
少ない情報から
勝ち筋を見つけられる冷静さと頭
進退の懸かった場で
テメェの意見に全賭け出来る度胸
どっちも俺の好みの気質だ!!
というところにあるようです。
ここで、「あかね」の新しい挑戦に触発されて、「あかね」の兄弟子「阿良川ぐりこ」も上方で修行する決断をしています。巻の後半では、お囃子の太鼓の叩き方から上方流を叩き込まれているようです。
これが次巻以降で「ぐりこ」の芸風を厚くしてく展開になるだろうと推測させます。
本筋のほうでは稽古をつけると約束した「今昔亭ちょう朝」だったのですが、思いつきで、弟子の「今昔亭朝がお」の二ツ目就任の勉強会を50人札止めにすることを条件に阿良川泰全に口をきいてやることを約束し、泰全の出演する高座の楽屋を訪れるのですが、そこで彼に
泰の字、テメェまだ
志の字の破門
自分のせいだと思ってんのか
と告げています。「あかね」の父「阿良川志の助」たちの破門騒動の謎をとくヒントが加わった感じですね、
そして、「あかね」と「からし」は50人席のところ4人しか入っていない勉強会をを札止めにすべく策を凝らしていくのですが、「からし」の展開するマーケット論をまったく理解することが出来ません。
そこで思い出したのが、志ぐま師匠の
しょっぺえ事抜かしやがる
もっとバカになれ
心の褌締めてこい!!
という言葉です。その言葉をヒントに「あかね」が考えついたのはたぬ権というたぬきのコスプレです。一見、集客に振り切った集客策とも思えるのですが、実は「動物系」の演目をねじ込んでくる意外な正統法で、「あかね」はこの機会に持ちネタを増やしているようですね。」
一方、錬成会で一位となった「ひかる」は阿良川一門の気鋭の新人が出演する「阿良川新風会」に出演しています。阿良川四天王の一人、阿良川一剣のプロデュースで、阿良川ひかる、阿良川遊全、阿良川こぐま、阿良川魁生というラインナップです。
芸風はギャグを畳み掛けて強引に笑いを取りに行くスタイルの「 阿良川遊全」、落語評論家も速記本でしか読んだことのない演目「擬宝珠」を発掘してくる「阿良川こぐま」なのですが、やはりここで存在感を示すのは先輩21人抜きで真打となった「阿良川魁生」で・・という展開です。
レビュアーのひとこと
現在、高座によくかかる噺は150〜200席なのですが、文献として残されている演目は800席を超えると言われています。ちなみに「新風会」で阿良川こぐまが演じた「擬宝珠」は初代三遊亭圓生の明治時代の作品を柳屋喬太郎師匠が掘り起こしたものですね。
こうした失われた演目には「花見酒」や「石返し」のように時代の風俗や言葉の変遷によって自然と高座にかかることが少なくなった演目もあるのですが、戦時中に東京の落語家たちが軍から目を付けられそうな「品川心中」や「らくだ」「黄金餅」、「按摩の炬燵」など艶笑噺や風刺噺53の演目を自ら上演禁止にし「はなし塚」に封印したという事例は、時局にあわせて芸能者自らがその芸を葬ってしまった文化史上注目すべき歴史的事実です。
さらに注目しておかないといけないのは、これ以外にも演者が自ら時代の風潮を読んで自粛したものがあったということです。いわば、同調圧力に屈したともいえるものなのですが、今の時代の風潮も、政権への反対や疑問を唱えるものを声高に批判したり、封じようとする風潮が台頭しつつあるのではと危機感を感じるところですね。
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